無農薬栽培の農業に取り組んでいます
江北町の宝。それは、日本の食を守るため、
長い年月をかけて繋いできた生産者の技術と願い
九州佐賀県のほぼ中⼼に位置する江北町(こうほくまち)は、古くから⽶や⼤⾖など農業が盛んで、
1980年代(昭和60年代)から有機農法(無農薬栽培)を始めた「スローフードの町」として有名な町。
江北町有機研究会は、⻑年、無農薬栽培の農業に取り組んで、⽇本の⾷を⽀えてきました。
それは、次の世代に確実に引き継がれています。農家を継ぐ決⼼をされたという北原さんに、
これからの農業にかけていく思いを語っていただきました。
農業にかけていく思い
「⽇々の作物の管理や、作業の段取り、機械のメンテナンスなど、他にももっと細かいものがありますが、農業は様々な分野を1⼈で考えながらやっていきます。ただでさえ農業は⼤変な作業ですが、無農薬農法となると、その⼿間はみなさんが想像する以上に過酷なものです。北原農園が所属する江北町有機研究会も、発⾜時は約13軒の農家が集まっていましたが、無農薬栽培は⼤変な⼿間暇がかかるため、徐々に実践者は減少し、今では北原農園を含め3軒の農家で取り組んでいます。『⾃然相⼿の仕事だからこそ、⽇々の観察や⼿⼊れが⼤きく影響してくる。』これが、私の⽗が⻑い年⽉をかけて築き上げてきた知識や経験の賜物ですね。
農薬や化学肥料を使って管理・栽培された作物は、当然きれいで安価に購⼊することができます。でも農薬や化学肥料は、本来の⾃然の中には存在しない。⾃然に存在する⽥んぼや畑に、⾃然にはない農薬や化学肥料を使⽤することで、巡り巡って、いつ、どんな形で良くない影響が出るかは誰にも分からない。⾃然界は、常に循環して営まれていて、当然、⼈もその循環の中の⼀つなんです。
今、⽇本の農業は衰退し、後継者問題や⽶の需要価格の低下、地⽅の⼈⼝減少など、様々な問題を抱えています。地⽅で⽬⽴った個⼈農家さんがいて、盛り上がっているところもあるけど、それって⼀時的で、病⼈に薬をあげてる対症療法みたいな。本当はもっと根本的なところから解決して、地⽅で農業が衰退していかないように、体質改善をしていかないといけないと思っています。」
地域や農業⾃体を底上げしていくためには、まずは「地産地消」がうまく回ることが⼤事だと北原さん。若い農家仲間で”bellybutton(ベリーボタン)”という組織をつくり地元の消費者と直接出会う活動もされています。
江北町は移住者も多いですが、⽶や野菜をスーパーで買ってる⼈が多いのだそう。せっかく江北町 で美味しくて安全で新鮮なものがたくさん取れるのに、本当にもったいないことです。