

時間栄養学(Chrono-Nutrition)をご存じでしょうか?
従来の「栄養学」は、食品中にどれくらいの栄養素が含まれているかを分析し、「何を」「どのくらい」食べるかを学ぶものです。近年、それに「いつ」「どのように」食べるかを加えた〝時間栄養学〟の研究が注目されています。
時間栄養学による研究で、「いつ」「何を」「どのように」食べるのかが生活習慣や健康を左右することがわかってきました。
また、同じ物を同じ量食べても、「いつ」食べるかをコントロールすれば、肥満になりにくいこともわかってきました。「食べないダイエット」ではなく、健康的なダイエットの可能性が示されたのです。
時間栄養学は、体内時計を基本としたものです。
人はさまざまな体内リズムを持っており、このうちサーガディアンリズム(概日リズム)を動かすのが体内時計です。ヒトにおけるサーガディアンリズムは、おおよそ 24.5 時間周期のリズムであり、体温変化、ホルモン分泌、睡眠・覚醒など、一日の中で大きく変化する現象のほとんどに関わっています。
このリズムは、時計遺伝子(Clock gene)と呼ばれる一群の遺伝子によってコントロールされています。つまり、ヒトが元々持っている設計図の中に組み込まれたものなのです。いかに大切かが想像できると思います。
体内時計は、脳の視交叉上核(しこうさじょうかく)という部位に存在する〝中枢時計〟と、大脳皮質や海馬などに存在する〝脳時計〟、肝臓、腎臓、骨、筋肉などに存在する〝抹消時計〟に分けられます。なお、脳時計は抹消時計に分類される場合もあります。つまり、全身のあらゆる部位に体内時計は存在するのです。
中枢時計は、眼から入る光によって時刻を調整します。ヒトの周期は 24.5 時間で、地球の周期 24 時間とわずかに違いがあります。そのため、朝、陽の光を感じて体内時計をリセットする必要があります。その機能を担っているのが、中枢時計です。朝起きて、陽の光を浴びることは、とても重要な行動なのです。
抹消時計は、抹消器官(内臓、筋肉など)に存在し、各器官を連携させて効果的に働かせる役目を担っています。そして、抹消時計のリセットに深く関わっているのが朝食であり、機能を支えているのが食事なのです。食事によって得られた栄養分は、抹消時計に対して時刻情報として伝わります。
では、時間栄養学の観点から、食事内容を検討してみましょう。
まずは、朝食です。睡眠という長い絶食時間が明けた朝食では、エネルギー源である炭水化物を摂ることが重要です。消化の良いデンプンや糖質が必要なため、白米やパン(全粒粉は除く)、100 %の野菜ジュースや果汁などが良いでしょう。
また、炭水化物の摂取によるインスリン分泌促進は、抹消時計のリセットに必要であり、代謝を活発化させダイエット効果も促します。ただし、いきなり糖質を摂ると血糖値が急激に上昇しやすいので、食物繊維やタンパク質を先に食べるのが良いようです。
次に、筋肉の維持増強に必要なタンパク質。朝の方が、アミノ酸やペプチドの吸収が良いとの報告がありますので、良質なタンパク質を摂りましょう。
大豆加工品(納豆、味噌、豆腐など)や魚などがおすすめです。乳製品や卵も良いタンパク源です。また、魚に含まれる DHA, EPA も朝の方が吸収が良いと報告されています。DHA, EPAは、中性脂肪やコレステロールを減らし、ダイエット効果も確認されています。
昼食も午後の活動に備えた、大切なエネルギー補給です。バランスよく摂りましょう。デスクワーク主体の方は、炭水化物を少し控えると良いでしょう。
タンパク質も大切です。アミノ酸の一つであるトリプトファンは、「幸福ホルモン」とも言われるセロトニンに代謝され、抗ストレス・リラックス効果が期待されます。そして、セロトニンは夕方から夜には、睡眠を促すメラトニンに代謝され、穏やかな入眠効果が期待されます。タンパク質は朝食か、遅くとも昼食でしっかり摂取するのがおすすめです。
また、セカンドミール効果といって、二度目の食事は血糖値が上がりにくくなる生理現象がわかっています。ラーメン、うどん、パスタなどの麺類が好きな方は昼食で摂るのが良いでしょう。スープまでしっかり味わいたい方は、塩分の摂り過ぎを抑えるために食物繊維(根菜類、豆類、野菜、海藻など)を同時に摂りましょう。
夕食は、炭水化物を少し控え、糖の吸収を抑制する食物繊維を摂るようにしましょう。夕食後は血糖値が上がりやすく下がりにくいと報告されています。玄米、全粒粉パン、はるさめ、そばなどが良いでしょう。脂質も控え、カロリーを抑えましょう。
体内時計の働きで、ヒトは夜の時間帯に食べたものを脂肪として蓄えるようになっています。ダイエット効果を期待するなら、夕食を抑えることが有効であるといわれています。
夕食が遅い時間になる場合は、夕方におにぎりやパンなどの主食を摂り、遅い時間の食事は主菜(肉、魚など)や副菜(野菜など)を摂るのが健康的といわれています。
また、一日の内、朝食から 12時間以内に夕食を食べ、夕食から朝食までの絶食時間を 12時間とるのが理想的ともいわれています。
規則正しく、科学的根拠に基づく食生活で、健康な日々を送っていただけることを期待しています。
参考文献
1) 柴田重信 : 時間栄養学,化学と生物, 50 (9), 641-646 (2012)
2) 大池秀明 : 食品・栄養成分と生体概日リズムの相互作用に関する研究,農芸化学奨励賞 受賞者講演要旨,日本農芸化学会,(2016)
3) 時間栄養学 (Chrono-nutrition) : 国立研究開発法人 農業・食品産業技術総合研究機構(農研機構)ホームページ
https://www.naro.go.jp/laboratory/nfri/introduction/chart/0203/chrononutrition.html
4) 時間栄養学で体内時計を整える : 社会福祉法人 恩賜財団 済生会
https://www.saiseikai.or.jp/medical/column/chrono_nutrition/
5) 高齢者の時間栄養学 : 公益財団法人 長寿科学振興財団
https://www.tyojyu.or.jp/kankoubutsu/gyoseki/shokuji-eiyo-kokucare/h31-4-2-5.html
小笠原 和也
そのもの株式会社学術顧問/元九州大学大学院 農学研究院 特任准教授
熊本大学大学院医学教育部卒。 ナットウキナーゼをはじめとする機能性⾷品原料の研究開発、 35年間にわたる納⾖菌を主とする微⽣物学・醗酵学・酵素学の研究開発の経験をもとに幅広く活躍中。
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