


アミノ酸には二種類あるのをご存じでしょうか?
グリシン以外のアミノ酸は、その構造から光学異性体が存在します。物体を鏡に映した時、現物と鏡の中では左右が逆になっているのと同じように、二種類の構造体が存在するのです。
片方を L-アミノ酸、もう片方を D-アミノ酸と呼びます。
化学合成でアミノ酸を作ると、L-アミノ酸と D-アミノ酸は、ほぼ 1:1 の比率で合成されます。また、JAXA(国立研究開発法人 宇宙航空研究開発機構)による小惑星探査プロジェクトでは、はやぶさ2 が小惑星リュウグウから採取した試料中からも、L-アミノ酸と D-アミノ酸が約 1:1 の比率で検出されました。
ところが、私たち人間を含む地球環境中では、存在比率が大きく異なります。
ヒトや多くの生命体を構成するタンパク質のほとんどは、L-アミノ酸でできています。そして、生合成や代謝によって作られるアミノ酸は、ほぼ L-アミノ酸です。D-アミノ酸は極少量しか作られません。
食品・医薬品原料として製造されるアミノ酸は、微生物を使った発酵法で作られます。L-アミノ酸のみが生産されるため、化学合成より効率が極めて高いためです。
なお、地球環境における D-アミノ酸の存在比率は 0.1 % 未満といわれています。
例外的に、多くの D-アミノ酸が存在する物質もあります。
それは「発酵食品」です。特に多いのが、納豆のネバネバ「ポリグルタミン酸(PGA)」です。PGA は、納豆菌や枯草菌などの Bacillus属の細菌が主に作る粘性物質で、アミノ酸の一つであるグルタミン酸が数十から数万個つながった物質です。
納豆菌や枯草菌が作る PGA は、L-グルタミン酸が 20 ~ 50 %、D-グルタミン酸が 50 ~ 80 % で構成されています。D-グルタミン酸の方が多いのです。
さらに、炭疽菌(Bacillus anthracis)が作る PGAは 100 % D-グルタミン酸で構成されています。逆に、100 % L-グルタミン酸で構成されている PGA も存在します。
納豆のネバネバ「ポリグルタミン酸(PGA)」は、機能性食品分野では、ドライマウスを抑制する口腔保湿材やカルシウム吸収促進剤などとして、食品分野ではスポンジケーキの安定化剤、化粧品分野では保湿剤などとして利用されています。
一方で、医療分野においては、体内に取り込んでも拒否反応を起こしにくい性質を利用した再生医療(ティッシュ・エンジニアリング)への利用や、創傷皮覆剤用途向けなどのナノファイバーの開発、マウスによるアトピー性皮膚炎改善効果なども報告されています。
また、ガンマ線や各種架橋剤を用いて架橋化 PGA を合成することで、高い吸水性能を有することが可能となり、最大で自重の 3,500倍~ 5,000倍の吸水が可能になるとの報告があります。
さらに生分解性機能を有しているため、環境分野において、水質浄化や砂漠の緑化にも利用されています。その他に、オムツ用高吸水材、体内の異物反応に曝されない「ステルス性バイオポリマー」等の開発が進められています。
L-グルタミン酸は「うま味成分」として有名ですが、アミノ酸はそれぞれ甘み、苦み、旨みなどの味を持っています。「納豆」などの発酵食品に特に多く含まれるD-アミノ酸の特徴は、とても強い甘みを呈するものが多いことです。
それぞれのアミノ酸の味を表にまとめてみました。
アミノ酸 | L-体 | D-体 |
---|---|---|
グリシン | 甘 | 甘 |
アラニン | 甘 | 強甘 |
バリン | 苦 | 強甘 |
ロイシン | 苦 | 強甘 |
イソロイシン | 苦 | 甘 |
セリン | 微甘 | 強甘 |
スレオニン | 微甘 | 弱甘 |
システイン | 甘、苦 | 甘、酸 |
メチオニン | 苦 | 甘 |
プロリン | 弱甘 | 微苦 |
アミノ酸 | L-体 | D-体 |
---|---|---|
アスパラギン | 無 | 弱甘 |
グルタミン | 弱旨 | 甘 |
フェニルアラニン | 微苦 | 甘 |
チロシン | 微苦 | 甘 |
トリプトファン | 苦 | 強甘 |
アスパラギン酸 | 微苦 | 無 |
グルタミン酸 | 旨 | 無 |
リジン | 苦 | 弱甘 |
アルギニン | 微苦 | 弱甘 |
ヒスチジン | 苦 | 甘 |
存在比率も少なく、まだまだ不思議な点が多い D-アミノ酸ですが、未知の機能性と可能性を秘めているのではないかと期待されています。D-アミノ酸の新たなる機能性が発見されてくるのが楽しみです。
参考文献
1) 秋田紘長 : D-アミノ酸って知っていますか?,生物工学会誌, 102 (5), 236 (2024)
小笠原 和也
そのもの株式会社学術顧問/元九州大学大学院 農学研究院 特任准教授
熊本大学大学院医学教育部卒。 ナットウキナーゼをはじめとする機能性⾷品原料の研究開発、 39年間にわたる納⾖菌を主とする微⽣物学・醗酵学・酵素学の研究開発の経験をもとに幅広く活躍中。
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