


納豆菌をはじめとする微生物には人が計り知れない能力を持つものが存在しています。さらに、その能力は無限の可能性を秘めていると期待されています。
近年の研究で、人体内に取り込まれた環境汚染物質を腸内細菌が吸収・排泄しているとのいくつかの報告がありました。ご紹介していきます。

化学物質「PFAS(ピーファス)」をご存知でしょうか?PFASは、ペルフルオロアルキル化合物やポリフルオロアルキル化合物などの総称で、自然界での分解が難しく、永続化学物質(Forever Chemical)とも呼ばれています。
防水服、テフロン加工の調理器具、家具、口紅などの化粧品、食品包装材などに広く使用されており、今や我々の生活に不可欠な物質の一つとなっています。使用が報告されているPFASの数は 4,730種類にのぼります。
人体内に取り込まれたPFASは数日で尿とともに排泄されますが、一部は長期間分解されず体内に蓄積し、健康被害(妊娠困難、小児の発達遅延、がん、心血管疾患など)を引き起こすことも報告されています。近年、世界的規模で飲料水中への高濃度検出が問題となっています。PFASは人体内のみならず環境中でも長期間分解されず滞留します。それらが巡り巡って再び人体内に取り込まれることもあります。

イギリスのケンブリッジ大学などの研究チームにより、腸内細菌の一部がPFASを吸収し、便とともに体外へ排泄していることが明らかになりました。
その論文中で、PFASを吸収する腸内細菌が 38株報告されています。PFASに属するパーフルオロオクタン酸(PFOA)とパーフルオロノナン酸(PFNA)の生体内蓄積を試験した結果、9種類の腸内細菌(Bacteroides caccae、Bacteroides clarus、Bacteroides dorei、Bacteroides stercoris、Bacteroides thetaiotaomicron、Bacteroides uniformis、Odoribacter splanchnicus、Parabacteroides distasonis、Parabacteroides merdae)が生体内に蓄積していることがわかりました。
PFNAの生体蓄積度は、25%(P. distasonis)から74%(O. splanchnicus)、PFOAの生体蓄積度は、23%(P. merdae)から58%(O. splanchnicus)であったと報告されています。
そして、PFNAを高蓄積する菌株5種類(Bacteroides fragilis、B. thetaiotaomicron、B. uniformis、Lacrimispora saccharolytica、Phocaeicola vulgatus)をマウスの腸内に移植した結果、糞中のPFAS排泄が増加し、体外へ排泄していることが証明されました。
これらの腸内細菌の中には、菌体内にPFASを50倍以上濃縮していることが確認されています。ただし、著者らは、今回の試験は単回の投与であるため、PFAS摂取量、血中濃度、尿および糞便への排泄量、腸内細菌叢の構成などを長期にわたって調査する必要があるとも述べています。
また、中国の江南大学などの研究チームから、乳酸菌の一部が硫化パーフルオロオクタン酸(PFOS)に結合し、その毒性を緩和していることを示唆する論文が発表されています。
PFOS(ピーフォス)は、PFASの一種で、食品や食物連鎖を通じて人体に蓄積し、肝障害や神経毒性を示すことがわかっています。
研究チームは、20種類の乳酸菌を選定し、マウスによるモデル試験を行いました。その結果、乳酸菌とPFOSの結合率は最大で 93.22 % であり、最も結合率が高かった Pediococcus pentosaceus(ペディオコッカス ペントサセウス) B1株 と B16株の結合率は 86.88 % および 87.79 % であったと報告しています。
これらの乳酸菌は、PFOSと結合し、体外へ排泄することにより血中濃度を低下させたと考えられています。また、肝障害の抑制効果、腸の炎症を緩和し腸内バリアを修復する効果、PFOSによって減少した腸内の短鎖脂肪酸(酢酸、酪酸)を増加させる効果、腸内細菌の多様性を回復させる効果などが確認されたと報告しています。
また、イタリアのパレルモ大学などの研究チームから、PFAS汚染地域で発見された 2種類のシュードモナス菌に、PFASの吸収能があることが報告されています。環境中に滞留したPFASも微生物の力で浄化可能であることが示されています。
PFASには前述の健康被害を引き起こす以外にも、妊婦を通じて胎児にも影響がある可能性も示唆されています。アメリカのジョンズ・ホプキンス大学ブルームバーグ公衆衛生大学院の研究チームは、胎児期の暴露が小児期から思春期(3 ~ 18 歳)の収縮期血圧の上昇に関連しているとの報告しており、潜在的な有毒性が何年も後になって発現する可能性も示唆しています。
いつの間にか身近な環境汚染物質となっていたPFAS。微生物の能力で、環境中や人体中のPFASを排除し、健康被害が減少することが期待されます。
参考文献
1) Anna E. Lindell, et al:Human gut bacteria bioaccumulate per- and polyfluoroalkyl substances. Nature microbiology.,
2025 Jul;10(7);1630-1647. doi: 10.1038/s41564-025-02032-5.
2) Qian Chen, Shanshan Sun, et al:Capabilities of bio-binding, antioxidant and intestinal environmental repair jointly determine the ability of lactic acid bacteria to mitigate perfluorooctane sulfonate toxicity. Environment international., 2022 Aug;166;107388. doi: 10.1016/j.envint.2022.107388.
3) Alessandro P, Silvia L, et al:On the Ability of Perfluorohexane Sulfonate (PFHxS) Bioaccumulation by Two Pseudomonas sp. Strains Isolated from PFAS-Contaminated Environmental Matrices. Microorganisms, 2020 Jan 09;8(1); pii: 92.
4) Zeyu L, Guoying W, et al:Prenatal per- and polyfluoroalkyl substance exposures and longitudinal blood pressure measurements in children aged 3 to 18 years. J Am Heart Assoc., 2025 Jun 17;14(12);e039949. pii:e039949

小笠原 和也
そのもの株式会社学術顧問/元九州大学大学院 農学研究院 特任准教授
熊本大学大学院医学教育部卒。 ナットウキナーゼをはじめとする機能性⾷品原料の研究開発、 39年間にわたる納⾖菌を主とする微⽣物学・醗酵学・酵素学の研究開発の経験をもとに幅広く活躍中。
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